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教えと修練方法

光の柱の瞑想法

12月 21, 2015 • 教えと修練方法

「瞑想はあなたのハートの中へと入り、 あなた自身のもっとも崇高な真理と出会うためのひとつの方法です」 – 〜 サイマー 英語で瞑想を聴きます Écouter à la méditation en français Hören Sie die Meditation auf Deutsch 20分間の瞑想方法 大いなる存在と内なる光を呼び起こします(1分間) 静かに座り、深い、意識的な呼吸を数回繰り返して意識を内側へと向けます。 確たる意図をもって、大いなる存在と光とをあなたの内部に呼び起こします。 “オーム”を6回唱えます マントラ(真言:聖なる音)である“オーム”を6回、唱えます。 マントラの練習法はこちらLearn moreをご覧ください。 静寂の中で1分間座り、光が拡張してゆくのを感じます リラックスし、自分自身の内部で体験しているものの中に、身を委ねましょう。 その静穏な状態から、光があなたを通して拡がってゆくのを意識します。 自分自身を包むようにして光の柱を活性化させます(6分間) 注意を向けながら呼吸し、ハートの中であなたの意識を拡張させてゆきます。 意識を頭頂部に持ってゆき、ハイヤーセルフから光が降りてくるのを歓迎します。 呼吸と意識とともにその光をあなたの肉体を通じて拡大させ、細胞が光で満ちて振動し始めるのを感じます。 呼吸を続け、肉体を超えてサトルボディを満たしてゆくまで光を拡張させます。 光をさらに拡張させて肉体とサトルボディを包んでいる光の柱を活性化させます。 光の柱そのものとしてのあなたの統合性、力、清澄さを感じます。 「私は光の柱である」という確信を自分自身の中に定着させます。 プラナーヤマ呼吸法を1ラウンド行います(2〜3分間) 背骨をまっすぐにして座り、胸を開いて肩をリラックスさせます。 親指で人差し指の爪を覆い残り3本の指をまっすぐに伸ばす“マハー・チン・ムードラ”を組みます。手のひらを上に向けて、膝の上に乗せます。 目は閉じたまま、眉間にある「第一の目」に視線を向けて、下は上あごの上にくっつけます。 腹部をへこませながら鼻から強く息を吐き、自動的に息が吸い込まれるようにします。ゆっくりと一定のリズムで始めて、徐々に呼吸を早くしてゆき、最後はできる限り早く呼吸します。 2〜3分したら呼吸をリラックスさせて、自然な呼吸とともに静寂の中でゆったりとします。 プラナーヤマと「火の呼吸法」ついてはこちら をご覧ください。 静寂の中で座り続けます(6分間) 身体をじっとさせてリラックスし、内なる体験の中により深く身を投じます。マインドに様々想念が湧いてきたら呼吸に意識を戻すようにします。 クロージング 意識を、あなたの内部と周囲にある、マーの存在に向けます。マーの深い、深い愛を感じてください。この神聖なる愛の空間の中、あなたの意識をさらに拡張させて地球を包むように拡がっている私たちグローバル・コミュニティの存在を想像し、感じてください。光の柱である私たちひとりひとりを結びつけて地球全体を包み込んでいる光のグリッドの一部としてあなた自身が脈動していることを感じてください。 詳細

活気ある生活のためのヤギャの省察

4月 7, 2015 • 教えと修練方法

儀式が始まる前から、興奮と美が自然と表出している。バラのある光景、祭壇の舞台装置である小さな美の表現が構築され、続いて唯一の神聖な体験への空間が設定される。 異なる分野を専門とする、さまざまな派のパンディット(司祭)たちが、ひとりずつアシュラムに入っていく。彼らはナヴァラトリで一堂に集まり、「聖なる母」の神々しい名前を詠唱する。 いよいよ、儀式が始まる。パンディットの詠唱は、世代を超えて受け継がれてきた霊的な英知を表現しており、彼らの声は神々しく響き渡る。パンディットは、天上と宇宙の一連の存在に呼びかけて祈る。その存在は、それぞれが比類のない完全なエネルギーそのものだ。宣言が世界に向けて発信され、純なる供物が捧げられる。 この活気ある生活のためのヤギャはパワフルで力強い霊気を帯び、パンディットたちがそれに乗じて叫ぶ。その時、そばにある住民用の変圧器などは吹き飛んでしまうほどだ! 夜になり、儀式が始まって6時間も経過すると、疲れて寝る準備をするころだと人は思うだろう。けれども、私がヤギャから去る時には、生命、エネルギーや活力に満たされているのだ! そこには清澄で、宇宙の風呂にでも入っているかのような平穏があり、すべての迷いの思考や感情から浄化される。私は、情熱、帰依、神への思慕、謙虚、そして聖なる母への心の開放を体験する。 あなたも写真を通して、このパワーを体験してほしい。 ヤギャへの登録者は、パンディットたちが、自分たちのためではなく、私たちやその家族、さらには人類への恩恵ためにこの儀式を行っていることに感謝すべきだ。活気ある生活という贈り物を楽しんで! 聖なる母のパワーと清明さの顕在化に焦点をあてた儀式の最初の3日間が終わると、ラクシュミーの3日間が始まる。そこで私たちは、彼女の豊かさ、優美さ、威厳に呼びかけて祈ることになる。 ナヴァラトリでの三人の司祭(パンディット)のチャンティングを聴く 詳細

豊かさのためのヤギャ

4月 7, 2015 • 教えと修練方法

プージャの台は、パンディット (ヒンドゥー教の司祭) のための準備が整っています。ムルティ (聖像) と聖なる母の写真が、ピンク、赤、オレンジ、イエローの色で美しく輝く一連の花で作られた花輪で飾られました。アシュラムのエネルギーは、自我の破壊につながるヒンドゥー教の女神であるマハ・カリとマハ・ドゥルガーへの3日間の祈りによって清められました。今日、私たちは、マハ・ラクシュミーの3日間、つまり聖なる母の豊かさ、繁栄、美の祭典を始めます。 11人のパンディットたちが、プージャの台の前に着席し、聖なる母への帰依を祝う今日の儀式に向けて準備します。指導役のパンディットが動き始めると、それを合図にすべてのパンディットたちが加わります。生気あふれる音が大きくなり、アシュラム中に響き渡ります。いよいよマハ・ラクシュミーの聖なる祭典が始まりましたた。 プージャの台は、いきいきとしたヒナギク、マリーゴールド、そして繊細な白ユリが混ぜ合わされた厚みのあるピンクのバラの花輪によって、ラクシュミーの豊かさを視覚的に表現するものへと一変しています。草、聖なる葉、バラの花びら、ココナッツは、リンゴ、バナナ、オレンジ、菓子類と競い合うようにしながら、空間を埋め尽くしています。私の耳、心、そして魂は、サンスクリットの言葉を詠唱するパンディットの声の霊気、つまり内面の平穏と静寂をもたらす古代の霊気によって満たされます。 プージャが終わると、パンディットは、オレンジ、イエロー、ホワイトのマリーゴールドで豊かに飾られた炉の周囲に座ります。炎が上がると、詠唱が優美さとパワーとともに、まるでこの炎に乗って運ばれているように見えてきます。ラクシュミーの豊かな精気の中、ゲストたちが通りから入ってきて、炉の周りの空間を埋め始めます。去り際には、聖なる豊かさの表現行為として、祝福の言葉と、果物または菓子類がパンディットから与えられます。 ラクシュミーの3日間それぞれの日程で、私の感覚は、生命に現に存在し、日常の体験にもなりうる美と豊かさで満たされました。花の香り、火、聖なるスパイスや、色、輪郭、形式の豊かな視覚表現、さらにパンディットによる大声量の詠唱の精気はすべて、生命の深みのある豊かさを喚起してくれます。 聖なる母、生命、そして自分自身の神性にある美の深遠な受容が、私の中の奥深くにあります。そこには充足しかなく、すべては完全な豊かさの中にあります。それがラクシュミーなのです。 ナヴァラトリでの三人の司祭(パンディット)のチャンティングを聴く 詳細

マハ・サラスヴァティー・ヤギャ

4月 7, 2015 • 教えと修練方法

ハリシュチャンドラ・ガート、ヴァラナシ インドにおけるスピリチュアルな首都ヴァラナシ。そこで聖なる母の夜の九日間であるナヴァラトリに加わることは、真に人生を豊かにする出来事です。連続して行われるそれぞれのヤギャは、高まる忘我の感覚であり、肉体で経験される一体性の自覚でもあります。この祭りの初日は、私たちの存在を開放し、私たちの未来の種をまくマハ・ドゥルガーの愛のパワーで始まります。4日目には、マハ・ラクシュミーが、彼女の恩寵をあらゆる隙間に注ぎ込み、私たちの性格と人生を変える特性や属性に水を与えてくれます。そして7日目、マハ・サラスヴァティーの出番となって、女神の温かなる慈悲心と知恵の光がすべての魂を祝福し、それぞれの魂の実現という究極の勝利へと私たちを導いてくれるのでした。 サラスヴァティーの深い庇護の下、ナヴァラトリは8日目を迎えます。それぞれの日に私は、聖なる母の神聖さに呼びかけて、女神の贈り物を人類に注がせる聖なる書物のサンスクリットの二行連句をベーダのパンディット(司祭)たちが詠唱する間、彼らと一緒に行動するという途方もなく大きな名誉を得ることができました。そしてそれぞれの日程で、自分の中のエネルギーが深化する感覚を抱いたのでした。このエネルギーは、聡明で活発であることから、シャクティと呼ばれています。シャクティは、私たちが純化、変容し、解放、拡張するために何が必要かを正確に知っています。まさにその状態で、私は身体性が薄らぎ始めると感じます。身体を作る物質の密度は、液状で電気的な感触に変わり、それはすぐに引き締まって明瞭になりますが、実際には非常に霊妙なものです。 この状態になじみがなかったり、自分自身が変容していることに気づく過程を知らなかったりする人にとっては、かなり狼狽させることになるかもしれません。火の儀式の前で1日に6時間座ることで、最も深い部分に存在する、忘れられて、見捨てられたエネルギーをかき回して解放することができるのです。変容は、いつも均質で楽しい感覚というわけではありません。最初の人格的な反応は、たいていは無意識のうちですが、「私に何が起こっているのか? 私を変えようとしているのは何なのか?」と問いかけることです。しかし、恐れの反応から受容の誘引へと認識を即座に変更することで、シャクティが私という存在のすべての層に浸透し、それを純化し得るのです。 パンディットの詠唱に焦点を合わせることで、私は自分の内的領域のさらに深いところにまで連れて行ってもらえます。その声は、私を文字通りに瞑想させるような音調の不協和音の中で、魅惑に満ちたものになります。私は、自分の注意を王冠のチャクラに集中させて、サンスクリットのマントラのさまざまな調子によって刺激されたそのチャクラの50枚の花弁を感じることができました。それは、あたかも巨大なハスの花が近づいてきて、私の脳を優しく愛撫するように掬うかのようでした。私は、自分のすべての細胞が、普段、慣れ親しんでいる周波数よりもずっと高い周波数で振動していることに気づきます。私はこうした高めの周波数を、より上等な等級の平穏と、可能性に満ちた内面の静寂として感得します。私はある面では、私が受けとめている周波数には、脳が理解できる程度よりもずっと大きな影響力があると実感しています。 炉火の炎がパンディットからのささげ物によって大きくなる中、私はその形と像が作られていくのをじっと見ていました。火は生きている実体である。サラスヴァティーと火の神アグニに祈りをささげる中で、古代の知識が現代において活かされる。聖なる母の惠みが、炉から参列者、スポンサー、地元の地域共同体を通して発散し、世界全体に拡がってゆきます。ヤギャは、私たち一人一人、そして私たちの地域共同体を変容させるための実に偉大な儀式なのです。 オム ジェイ ジェイ サラスヴァティー マー! ナヴァラトリでの三人の司祭(パンディット)のチャンティングを聴く 詳細

ナヴァラトリ・サダナ 第4日最終日:勝利の日

3月 15, 2015 • 教えと修練方法

2015年3月30日 9日間にわたるサダナ・集中プログラムが終わりました。私達の内面に起こった変化を認め、喜び祝う勝利の日がやって来ました。それは光と母性と愛の勝利です。ヒンズー神話全体に渡って、女神の祝福を受けた英雄たちが闇という敵を征服したときが勝利の日となります。私達という光を、母なる神に捧げた9日間のサダナを終えてまばゆく輝く光を、祝いましょう。 誘導瞑想 今日この日に私達全てに備わっている力強いシャクティをフルに体験するためには、スワミ・パラメッシュワラナンダ僧侶が録音したこの13分間の誘導瞑想(英語のみ)をダンロードして聴いてください。代わりとして、これまでの9日間に繰り返した毎日の練習を継続しても結構です。練習の最後に、自分自身と自分に与えられている全てものに対して感謝の意を捧げる時間も作ってください。 サイマーの教え 変容は勝利であり、栄光であり、無限大のシャクティの勝利であり、限りないエネルギーであり、偉大なる智恵とあらゆる知識への導入であり、母体であり、網目であり、フィールドであり、そうです!確かなもの・完全なるものであり、法であり、現実であり、すなはち、総じて崇高なるエネルギーのフィールドなのです。 これは愛の勝利であり、神の栄光であり、愛の炎であり、私達そのものなのです。私達はこの愛を流動させなければなりません。至福はその愛から生まれ、これが自由というものなのです。そこから私達は、自分の下に、中に、周囲に、上にある愛を知ようになるのです。愛、愛のみです。神、神のみです。常に神を飲み、食べる(体内に取り込む)のです。この物理的世界における完全なるもの。それを輝かせ、抱え込まずに光を放たせるのです。それはグルの恵みであり、栄光に輝くあの神聖なる太陽となるのです。神の華麗な姿は想像や言葉による表現をはるかに越えています。ですから私達は一致団結し、神の、そしてシャクティの栄光のために尽くし、さらに、人間性向上のために奉仕するという欲求と目的のために尽くそうではありませんか。私達も人間の一部ではないですか?他者のために与えるとき、自分にどんなに多くのものが与えられるのか。この他者への贈り物は私達の心を変化させ、そして神がそのお姿を現されます。その時に神の恩寵があなたに与えられるのです。神が常に私達を支え、愛が常に私達を支え、グルが常に私達を支えてくれるのです。 自分への問いかけ 最後の日も、以下の質問について考えてみてください。ジャーナル(日記)に自分の考えを記録してください。 自分にとって勝利とは何なのか?自分の中での勝利は何か?自分の人生における勝利はなにか? 1日1日が自分にとって勝利の日になりうるだろうか? 毎日の生活の中で、今まで以上に愛の勝利を積極的に表現できるだろうか? どうすればより頻繁にこの勝利に近づくことができ、それを自分の人生の中でどう表現できるだろうか? どうしたらもっと奉仕することができるだろうか? どうしたら見返りを求めずに与えることができるようになるだろうか? 詳細

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